2026年6月18日
ピロリ菌といえば胃がんですが…
「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)」と聞くと、多くの方は胃炎や胃潰瘍、そして胃がんを思い浮かべるのではないでしょうか。
実際にピロリ菌は慢性胃炎の原因となり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、さらには胃がん発症の最大の危険因子として知られています。そのため日本ではピロリ菌感染が確認された方に対して積極的に除菌治療が行われており、感染率の低下とともに胃がんも減少傾向を示しています。
ところが近年、「ピロリ菌感染が大腸がんとも関係しているのではないか」という研究報告が相次いでいます。
胃の中に生息する細菌が、なぜ大腸がんに関係するのでしょうか。そして、ピロリ菌を除菌すると大腸がんも予防できるのでしょうか。
今回は最新の研究をもとに解説します。
ピロリ菌感染と大腸がんの関連
近年、多くの疫学研究により、ピロリ菌感染者では大腸がんや大腸ポリープが多い可能性が報告されています。
2025年には、約81万人の米国退役軍人を対象とした大規模研究が報告されました。この研究では、ピロリ菌感染者で大腸がんの発症率や大腸がんによる死亡率が高いことが示されました。
また、ピロリ菌陽性者の中では、除菌治療を受けた人で大腸がん発症率が低い傾向も認められました。
これらの結果は、ピロリ菌感染と大腸がんとの間に何らかの関連が存在する可能性を示唆しています。
ただし重要なのは、この研究は観察研究であり、「関連」を示したものであって、「ピロリ菌が大腸がんを直接引き起こす」と証明したわけではないという点です。
なぜ胃の細菌が大腸に影響するのか?
現在、研究者たちはいくつかの仮説を提唱しています。
① 腸内細菌叢(腸内フローラ)の変化
ピロリ菌感染によって胃酸分泌が変化すると、消化管全体の細菌環境にも影響が及ぶ可能性があります。
近年、腸内細菌叢の乱れが大腸がんの発症に関与することが明らかになってきました。
ピロリ菌感染によって腸内細菌叢が変化し、その結果として大腸がんリスクが上昇する可能性が考えられています。
② 免疫系への影響
ピロリ菌感染は胃だけでなく全身の免疫系にも影響を及ぼします。
慢性的な炎症状態が続くことで、大腸粘膜の環境が変化し、発がんに関与する可能性が指摘されています。
③ ホルモンや代謝への影響
ピロリ菌感染によって胃酸分泌やガストリンなどの消化管ホルモンが変化します。
こうした変化が大腸粘膜の細胞増殖に影響する可能性も研究されています。
しかし、これらはいずれも仮説の段階です。胃がんのように発がんメカニズムが明確に解明されているわけではなく、今後さらなる研究が必要です。
ピロリ菌を除菌すれば大腸がんは予防できるのか?
ここで多くの方が疑問に思うのが、
「それならピロリ菌を除菌すれば大腸がんも減るのでは?」
という点でしょう。
実は、この点についてはまだ結論が出ていません。
一部の研究では、除菌治療を受けた人で大腸がんが少ないという結果が報告されています。しかし、それだけで「除菌によって大腸がんが予防できる」とは言えません。
なぜなら、除菌治療を受ける人は、
- 健康意識が高い
- 定期的に医療機関を受診している
- 胃カメラや大腸内視鏡検査を受けている
- 禁煙や生活習慣改善に取り組んでいる
といった特徴を持つ可能性があるからです。
つまり、
「除菌したから大腸がんが減った」
のではなく、
「健康管理をしっかり行っている人が多かった」
可能性も否定できません。
現時点で科学的に言えるのは、
ピロリ菌感染と大腸がんには関連がある可能性がある
ということまでです。
一方、
ピロリ菌除菌によって大腸がんが予防できるかどうかは、まだ十分なエビデンスがありません。
それでもピロリ菌除菌が重要な理由
大腸がん予防効果はまだ確立していませんが、ピロリ菌除菌が重要であることに変わりはありません。
ピロリ菌除菌には、
- 慢性胃炎の改善
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発予防
- 胃MALTリンパ腫の治療
- 胃がんリスクの低下
といった明確なメリットがあります。
特に胃がん予防効果については数多くの研究によって有効性が証明されており、日本における胃がん対策の柱となっています。
ピロリ菌陽性と診断された場合は、将来の胃がんリスクを下げるためにも、適切な除菌治療を受けることが大切です。
大腸がん予防で本当に重要なこと
現在、大腸がん予防で最も重要なのは、
- 定期的な便潜血検査
- 大腸内視鏡検査
- 禁煙
- 適度な運動
- 肥満予防
- バランスの良い食生活
です。
特に大腸内視鏡検査は、大腸ポリープを切除することで将来の大腸がん発症を減らせることが証明されています。
ピロリ菌と大腸がんの研究は非常に興味深い分野ですが、現時点では「大腸がん予防の主役は大腸内視鏡検査である」という事実は変わりません。
まとめ
近年の研究により、ピロリ菌感染と大腸がんとの関連が注目されています。
しかし現在のところ、
- ピロリ菌感染と大腸がんには関連がある可能性がある
- 発症メカニズムはまだ十分に解明されていない
- ピロリ菌除菌で大腸がんが減るかどうかは未確立である
というのが科学的に最も妥当な結論です。
一方で、ピロリ菌除菌による胃がん予防効果は確立しています。
ピロリ菌陽性を指摘された方は放置せず、適切な検査と除菌治療を受けましょう。また、大腸がん予防のためには便潜血検査や大腸内視鏡検査を定期的に受けることが大切です。
当院ではピロリ菌検査・除菌治療に対応しております。また、胃がん予防のための胃カメラ検査や、大腸がんの早期発見・予防を目的とした大腸内視鏡検査も行っております。健診で異常を指摘された方や、胃の不調、便潜血陽性、大腸がんが心配な方はお気軽にご相談ください。
【参考文献】
- Khalaf N, et al. Association of Helicobacter pylori Treatment With Colorectal Cancer Incidence and Mortality Among US Veterans. JAMA Netw Open. 2025;8.
- Yang X, et al. Effects of Helicobacter pylori infection on intestinal microbiota, immunity and colorectal cancer risk. Front Cell Infect Microbiol. 2024;14:1339750.
- Zumkeller N, et al. Helicobacter pylori infection and colorectal cancer risk: a meta-analysis. Am J Gastroenterol. 2006;101:2751-2759.
- Wu Q, et al. Association between Helicobacter pylori infection and the risk of colorectal neoplasia: a systematic review and meta-analysis. Colorectal Dis. 2013;15.
- 日本ヘリコバクター学会. H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024改訂版.