2026年7月04日

今回、日本人の潰瘍性大腸炎(UC)患者275人を対象とした研究で、歯みがき頻度が高いほど粘膜治癒※の達成と関連することが報告されました。
この研究は、済生会今治病院内科の八木専先生、愛媛大学総合健康センターの古川慎哉先生らによるもので、消化器病学の国際誌 「Digestive Diseases and Sciences」 に掲載されました。
”Association Between Toothbrushing Habits and Mucosal Healing in Japanese Patients with Ulcerative Colitis ” PMID: 42207409 DOI: 10.1007/s10620-026-09990-8
※粘膜治癒とは、潰瘍性大腸炎では、大腸内視鏡検査で大腸粘膜の炎症が認められない、または炎症が十分に改善している状態を指し、再燃予防や長期予後を考える上で重要な治療目標とされています。
「歯みがきと潰瘍性大腸炎に関係があるの?」
そう思われた方も多いのではないでしょうか。私も論文を読んだとき、最初は驚きました。
しかし、論文を読み進め、さらに歯周病や口腔内細菌叢に関する研究を調べていくと、「なるほど、そういう考え方なのか」と納得できる部分もありました。
今回は、この研究を分かりやすくご紹介するとともに、現在考えられている「口腔-腸軸」について解説します。
歯みがき回数が多い人ほど粘膜治癒率が高かった
研究では、日本人のUC患者275人を対象に、
- 残っている歯の本数
- 1日の歯みがき回数
と、大腸内視鏡で評価した粘膜治癒との関係を調べました。
その結果、
- 1日1回以下:15.4%
- 1日2回:24.8%
- 1日3回以上:32.1%
と、歯みがき回数が多いほど粘膜治癒率が高くなっていました。
さらに、年齢、性別、BMI、喫煙、飲酒、ステロイド使用、罹病期間、病変範囲などを調整した解析でも、この関連は維持されました。
一方で、残存歯数と粘膜治癒との関連は認められませんでした。
最初に感じた疑問
この結果を見て、私は一つの疑問を持ちました。
「本当に歯みがきや歯周病が潰瘍性大腸炎に関係するのだろうか?」
潰瘍性大腸炎は20~30歳代で発症することが多い病気です。
一方、一般的な歯周病は40~50歳以降で増えてきます。
もし歯周病がUCの原因なら、この年齢差をどう説明すればよいのでしょうか。
そこで、歯周病とUCに関するレビューやメタアナリシスを読み直してみました。
すると、現在の研究者が注目しているのは歯周病そのものではなく、「口腔内細菌叢」であることが分かってきました。
歯周病ではなく「口腔内細菌叢」が重要なのかもしれない
口腔内細菌叢とは、口の中に存在する細菌の集まりのことです。
口の中には数百種類以上の細菌が存在しているとされます。
歯周病は、こうした口腔内細菌や炎症が関係して起こる病気ですが、口腔内細菌叢の変化は歯周病がなくても起こり得ます。
例えば、
- 食生活
- 睡眠不足
- ストレス
- 喫煙
- 抗菌薬の使用
- 口呼吸
- 唾液分泌の低下
- 口腔ケア習慣
などによって、口腔内細菌のバランスは変化します。
このような細菌バランスの乱れは、口腔内ディスバイオーシスとも呼ばれます。
つまり、
「歯周病があるかどうか」だけではなく、「口の中の細菌バランスがどうなっているか」
が重要なのかもしれません。
口の中の細菌が腸に届く
ここで重要になるのが、「口腔-腸軸(oral-gut axis)」という考え方です。
私たちは毎日約1~1.5Lの唾液を飲み込んでいます。唾液には数億から数千億個もの口腔内細菌が含まれているとされ、その多くは食べ物や飲み物とともに消化管へ運ばれます。
もちろん、これらの細菌のほとんどは胃酸や胆汁、腸内細菌との競争によって排除されます。しかし近年の研究では、すべての口腔内細菌が死滅するわけではなく、一部は腸まで到達し、腸内細菌叢の一員として定着したり、腸管免疫に影響を及ぼしたりする可能性が示されてきました。
実際、潰瘍性大腸炎やクローン病の患者さんでは、通常は口の中に多く存在する細菌が便や腸粘膜から検出されることがあります。また、動物実験では、口腔内細菌を移植すると腸炎が悪化することや、腸内で炎症を促進する免疫細胞(Th17細胞)が活性化されることも報告されています。
こうした研究から、口腔内細菌は単に「口の中だけの細菌」ではなく、腸内細菌叢の構成や腸の免疫環境を変化させる可能性のある存在として注目されています。
ただし、現時点で分かっているのは「口腔内細菌が腸に影響を与える可能性がある」ということです。どの細菌が、どのような条件で腸に定着し、潰瘍性大腸炎の発症や再燃に関与するのかについては、まだ研究が進められている最中です。
口腔内細菌叢は腸内細菌叢よりコントロールしやすい?
腸内細菌叢を整える方法としては、
- 食事
- 発酵食品
- 食物繊維
- プロバイオティクス
- プレバイオティクス
などがよく知られています。
しかし、腸内細菌叢は個人差が非常に大きく、「これをすれば確実に理想的な腸内細菌叢になる」という方法はまだ確立されていません。
一方、口腔内は腸に比べて直接介入しやすい場所です。
- 歯みがき
- デンタルフロス
- 歯間ブラシ
- 定期的な歯科受診
- 歯石除去
- 歯周病治療
など、日常的に実践できる方法があります。
そのため、もし口腔内細菌叢が腸の炎症に影響しているのであれば、
「腸内細菌を直接変えるより、口腔内細菌を整える方が実践しやすい」
という考え方もできます。
これは、今後の潰瘍性大腸炎診療において非常に興味深い視点です。
ただし、歯みがきでUCが治るわけではありません
ここで最も大切な注意点があります。
今回の研究は、ある時点での状態を調べた横断研究です。
つまり、
歯みがき回数が多い人ほど粘膜治癒率が高かった
という関連を示した研究であり、
歯みがきを増やせば潰瘍性大腸炎が改善する
ことを証明したものではありません。
また、歯みがきを丁寧に行う人は、
- 健康意識が高い
- 服薬をきちんと守っている
- 食生活にも気をつけている
- 定期受診を継続している
- 禁煙など他の生活習慣も良好である
可能性があります。
つまり、歯みがき回数は「健康的な生活習慣全体」を反映している可能性もあります。
現時点では、歯みがきや歯周病治療がUCを改善するかどうかは、まだ分かっていません。
現時点で患者さんに伝えたいこと
今回の研究から、
「歯みがきをすればUCが治る」
と考えるのは早計です。
潰瘍性大腸炎の治療の中心は、あくまで病状に応じた薬物療法と、定期的な検査による病勢評価です。
しかし一方で、口腔ケアは、
- 虫歯予防
- 歯周病予防
- 口臭予防
- 全身の健康維持
に役立つことが明らかです。
さらに将来的には、口腔内細菌叢を整えることが腸の炎症コントロールにも関係する可能性があります。
その意味で、UC患者さんにとっても、
毎日の歯みがき、歯間ブラシ・フロスの使用、定期的な歯科受診は勧められる生活習慣
と考えてよいでしょう。
まとめ
日本人UC患者275人を対象とした研究で、歯みがき頻度が高いほど粘膜治癒と関連することが報告されました。
この結果は、「口腔-腸軸」という新しい考え方を支持する興味深いものです。
一方で、この研究は歯みがきがUCを改善することを証明したものではありません。
現時点では、
口腔ケアはUCの治療そのものではないが、腸の健康にも関係する可能性がある、実践しやすいセルフケア
と考えるのが妥当です。
潰瘍性大腸炎の治療は薬だけでなく、生活習慣全体を整えることも大切です。
その中に、これからは「口の健康を守ること」も含まれてくるかもしれません。
参考文献
She YY, et al. Periodontitis and inflammatory bowel disease: a meta-analysis. J Clin Periodontol. 2020.
Yagi S, Furukawa S, et al. Digestive Diseases and Sciences.
Ozayzan FI, et al. Periodontitis and Inflammatory Bowel Disease: A Review. J Clin Med. 2024.
Wang Q, et al. Bidirectional associations between periodontitis and inflammatory bowel disease. J Periodontal Research. 2024.